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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)10019号 判決 1974年3月18日

原告

日本貯蓄信用組合

右代表者

米田鹿男

右訴訟代理人

林正明

被告

安永熔工所こと

安永司

右訴訟代理人

福岡彰郎

外三名

主文

一  当裁判所が昭和四六年二月九日言渡した手形判決を取消す。

二  原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者双方の申立

原告は、「被告は原告に対し金四三万七〇〇〇円、および内金一九円については昭和四四年一一月一六日から、内金一二万三八〇〇円については同年一二月二八日から、内金一二万三二〇〇円については昭和四五年一月一六日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

被告は、主文第二、三項同旨の判決を求めた。<以下省略>

理由

一原告主張1の事実は当事者間に争いない。

二原告の本件手形所持の経緯、所持の根拠について検討する。

1  原告が本件手形を訴外会社から割引により取得したことは当事者間に争いがなく、<証拠>および弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認定することができる。

「(一) 原告は金融業を営む訴外会社との間にかねて手形割引の取引があり、昭和四三年七月九日付で訴外会社から原告に宛ていわゆる銀行取引約定書雛型に基つき作成された取引約定書(甲第四号証)を差入れさせ、右約定書により、「訴外会社が手形の割引を受けた場合、原告に対する債務を一つでも期限に弁済しなかつたとき等には全部の手形債務について、また、手形の主債務者が期日に支払わなかつたとき等にはその者が主債務者となつている手形債務について、当然に期限の利益を失い、手形面記載の金額の買戻債務を負い、直ちに、弁済する。」(第六条第一項)、「割引手形について債権保全のため必要と認められる場合には、前項以外のときでも、訴外会社は原告の請求により手形面記載の金額の買戻債務を負い、直ちに弁済する。」、(第六条第二項)、「訴外会社が原告に対する債務を履行しなければならない場合には、原告は訴外会社の債務と定期預金その他の諸預け金等の債権とを期限のいかんにかかわらず相殺することができる。」(第七条第一項)「前項の相殺ができる場合には、原告は事前の通知および所定の手続を省略し、訴外会社に代つて定期預金その他の諸預け金の払戻を受け、債務の弁済に充当することができる。」(第七条第二項)、「右差引計算の後なお債務が存する場合、手形に訴外会社以外の債務者があるときは、原告はその手形をとめをき、取立または処分のうえ、債務の弁済に充当することができる。」(第八条第三項)旨約定した。

(二) 昭和四四年一〇月末に至り、原告が訴外会社の依頼により割引いた手形一通(金額二〇万円位)が不渡りになつたため、訴外会社に買戻方を請求したところ、その当時訴外会社の経営状態が思わしくなく、直ちに買戻に応じられなかつたうえ、それまでに原告か割引いていた期日未到来の手形(金額合計一一〇〇万円位)中かなりのものが不渡りになるものと予想されたので、原告は訴外会社の堀沢社長や秋吉専務を呼び、「今後このような手形の割引はできない。」旨申入れると共に、債権の回収等善後策について同年一一月二〇日ごろまでの間にたびたび折衝を行つた。その結果、原告は、前記約定書第七条第一項に基づき訴外会社が原告に担保として差入れていた定期預金五口合計金四七〇万円(金五〇万円満期四四年一一月六日、金五〇万円満期同年一二月二三日、金三〇万円満期昭和四五年一月二八日、金二四〇万円満期同年三月二八日、金一〇〇万円満期同年七月二四日)のほか定期積金等総計六〇〇万円以上をもつて右取引約定書第六条第一・二項により訴外会社が割引手形の買戻債務を負担したものと相殺し、訴外会社はこれを承認するほか、期日未到来の手形中金二二六万六一五五円について訴外会社と堀沢社長が共同振出人となつて約束手形一二通(金額は最初の一通が金一八万九三五五円、他の一一通が各金一八万八八〇〇円、満期は昭和四五年二月から昭和四六年一月まで毎月二七日)を振出し、割賦返済する旨の合意が成立し、昭和四四年一一月二一・二日ごろ右手形一二通が原告に交付された。その際、本件手形中(1)は既に不渡りとなつていたので右取引約定書第六条第一項に基づき、(2)(3)の手形は同条第二項に基づき訴外会社が買戻債務を負担したものとされ、右相殺の対象とされた。

(三) 原告は昭和四四年一一月以降訴外会社との新規取引を厳しく規制し、従前と比較すればほとんど取引停止に近く上場会社振出の確実な手形の割引に応じるだけであつたため、その後割引いた手形で不渡りになつたものはなく、また、前記期日未到来で不渡見込と判定された以外の手形は全部決済された。

しかし訴外会社は前記一二通の約束手形のうち最初の二通を決済しただけで、昭和四五年四月分以降は決済不能となり、結局、原告は同年五月当時約一八三万円余の債権が回収できなかつた。

そこで原告は右取引約定書第八条第三項により相殺ずみの本件手形を取立てるため本訴を提起するに至つた。」<反証排斥>

2  右認定事実によれば原告の本件手形金償還請求権は、前記相殺により消滅したが、原告は取引約定書第八条第三項により本件手形を所持してこれを取立処分することができ、前記原告への裏書は右手形金債還請求権の消滅と共に信託的な譲渡裏書に変更されたものと解される。

右取引約定書第八条第三項の趣旨は、金融機関と手形割引等の取引をした債務者に所定の期限の利益喪失事由が生じたとき債務者は割引手形について直ちに買戻債務を負担するが、金融機関が買戻債権をもつて債務者の預金等と差引計算(相殺、払戻充当等)した後になお債権が残る場合、金融機関が債務者から取得した手形に右債務者以外の債務者があるときは差引計算ずみの右割引手形を引続き占有し、右手形により債務者に代つて同人の名もしくは自らの名で手形金額を取立て、またはこれを他に換価処分して残存債権の回収に充当する権限を授与したものであり、本件取引約定書第四条(銀行取引約定書雛型第四条)の担保とは異なり、事実上は担保的機能があるにしても法律上担保権を発生させるものではなく、右手形上の権利は債務者と金融機関との間では依然として債務者に存在する。そして金融機関が右引続き占有する手形を取立る場合について考えると、当初割引の際に債務者から金融機関に対し通常の譲渡裏書がなされていた場合は、本条項の特約により差引計算と同時に改めて右通常の譲渡裏書を抹消して新たに信託的な譲渡裏書をすることなく、右通常の譲渡裏書は信託的な譲渡裏書に変更されるものと解するのが相当である。(この変更については最高裁判所昭和三九年一〇月一六日判決民集一八巻八号一七二七頁参照)

被告は右変更は許されないと主張する。しかし、裏書の原因の消滅あるいは請求権自体の直接の消滅により、被裏書人の手形償還請求権が消滅したが、新たに裏書の原因が発生した場合、手形を返還して従前の裏書を抹消したうえに裏書をして手形を再び交付することは迂遠なことで、これを省略して裏書を流用することを認めて差支えない。ただし、被裏書人は流用時に新たに手形を取得したのであるから、第三者の害意の抗弁等の関係では右時点を基準とすべきことはいうまでもない。そして本件における通常の譲渡裏書も信託的な譲渡裏書も同一の形式の裏書であるから同様に裏書の流用を認めて差支えない。被告の右主張は採用できない。

したがつて相殺ずみの本件手形を取立てる原告は訴外会社から隠れた取立委任裏書を受けた被裏書人の立場にあるものというべきである。

三被告は訴外会社の原告に対する取立委任は信託法第一一条に違反し無効であると主張するが、前示認定事実よりして原告の本件手形の所持が訴訟行為を主たる目的とするものとは認めがたいから右主張は採用できない。

四被告の破産法違反の主張について判断する。

前示のように本訴は原告が訴外会社に対する残存債権の回収を図るため訴外会社に代つて訴外会社に対する本件手形金債権を取立てる目的で提起したものであるところ、訴外会社が昭和四五年五月六日大阪地方裁判所において破産宣告を受けたことは当事者間に争いないから、訴外会社の被告に対する右手形債権が原告主張のように破産宣告当時存続していたとしても、破産宣告により前記権限を授与する契約は民法第六五三条により消滅すると共に当然破産財団に属する財産となり、その管理・換価の権限は破産管財人に専属する。また破産財団に属する財産は破産法に定められた別除権を有する破産債権者を除き、一般の破産債権者が破産手続によらないで取立てることは禁止されているところ、原告が有していた権利は前示のように訴外会社との取引約定書第八条第三項による占有を継続し、訴外会社に代つて同人の名もしくは自らの名で取立処分できる権利に過ぎず、破産法第九二条・第九三条第一項・第九五条により特別の先取特権とみなされる別除権にも該当しない。したがつて、原告は訴外会社に対する破産宣告後は本件手形を所持する根拠を失い、取立権は消滅すると共に、破産手続によらないで本訴により本件手形金を取立てることも破産法に違反し許されないものといわなければならない。

五被告の弁済の主張について判断する。

<証拠>総合すると、「被告はかねてから訴外会社より金融を受け本件手形を振出してこれを担保として金融を受けたが、あらかじめ訴外会社に対し自己の振出、引受または裏書した手形が不渡りになつたときは全部の債務につき期限の利益を失う旨約していたため、本件手形中(1)の手形を不渡りにするや、直ちに訴外会社から三通全部の支払を請求された。そこで被告の妻安永綾子が昭和四四年一一月二九日ごろ右弁済のため現金四三万七〇〇〇円を訴外会社に持参して堀沢社長に支払つた」ことが認められ、反証はない。

ところで、手形債務者は隠れた取立委任裏書の裏書人に対して有する人的抗弁事由をもつてその被裏書人に対抗できるものと解すべきであるから(前記最高裁判所判決)、被告は訴外会社に対する右原因債権弁済の抗弁をもつて、前示のように訴外会社から隠れた取立委任裏書を受けた立場にある原告に対抗することができるものといわなければならない。

したがつて、被告の右主張は理由がある。

六そうすると、原告の本訴請求は理由がないので、棄却することとし、民事訴訟法第四五七条第二項、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(村瀬泰三 吉川義春 安井正弘)

(別紙)略

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